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東京高等裁判所 昭和62年(行コ)9号 判決

控訴人(被告) 国

被控訴人(原告) 宮浦佳紀

訴訟代理人 河村吉晃 岩井明広 外七名

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりである。

1  原判決四枚目裏一行目の「九〇条の規定は」を「九〇条の規定の立法趣旨は、公務員に対する政治的中立性の要請及びその中立性に対する国民の信頼の保護を基本とし」と、八行目の「そのとき」を「その日」と、同五枚目裏八行目の「とどまつているのであるから」を「とどまつている。したがつて」とそれぞれ改め、三行目の末尾に「もし本件判定により被控訴人の地位を回復した場合、同条の適用がないとすれば、被控訴人の給与請求権も復活する以上両地位の併存が単なる観念的なものとはいえない。」を、同六枚目裏六行目から七行目にかけての「回復すれば」及び一〇行目の「あるとしても」の次に「、」をそれぞれ加える。

2  同七枚目表四行目の次に行をかえて次のとおり加える。

「4 仮に被控訴人が懲戒免職処分時から一年後(懲戒停職中)である昭和五五年四月二九日から本件判定時までの間公務員としての身分を回復するとすれば、その間の給与の支給を受けることになり、右懲戒免職処分がされたことによる不利益はすべて回復されたことになる。反面、右期間中被控訴人はえびの市市議会議員として合計一一三四万四六六六円の報酬を受けている。右報酬は被控訴人が公務員であつたならば本来受け取ることができないものであるところ、被控訴人は公務員としての義務を免かれていたため公職につき、これらの収入を得たものであるから、その間の不利益がすべて回復される以上、被控訴人について当初から懲戒停職一年間という処分がされた以上の救済を与える必要はないものというべきであり、その間の中間収入を控除すべきである。このような給与、報酬の二重払という事態は根本的に現行法上是認し得ないから、いわゆるバツクペイの支払を命じる場合、前記中間収入の控除は議員の報酬全額について行うべきであつて、本件の場合結果的に被控訴人に支払うべきバツクペイは零になるというべきである。」

3  同八枚目表三行目の「余地はない。」の次に「国家公務員法一〇二条は全体として公務員に対する政治的行為の制限を定めており、これが公務員の政治的中立性の要請に基づくものであるが、公選法八九条一項、九〇条において公務員の立候補を禁止しているのは、右のように公務員の職務の障害や地位利用といつた弊害を防止し、あわせて安易な立候補を抑制するという趣旨に基づくものであり、国家公務員法の公務員に対する政治的行為制限の法理とは全く別のところに基礎を置いているのであつて、公務員の政治的中立性の要請に基づくものではない。」

4  同九枚目表八行目の次に行をかえて次のとおり加える。

「4 抗弁4の主張を争う。いわゆるバツクペイにおいて中間収入を控除すべきものとするのは、解雇によつて使用者から解放された労働力を利用してその対価を獲得したことを根拠とするものであるが、本件における市議会議員としての報酬は被控訴人が控訴人から解放された労働力を利用してその対価を獲得したものとは到底いい得ないから、その根拠を欠くものである。また労働委員会の救済命令においてされる中間収入の控除の要否及びその程度の決定は、労働委員会の合理的裁量によるとされているのであつて、必要的なものではなく、本件においても同様に解すべきである。」

(証拠関係)〈省略〉

理由

一  当事者間に争いのない事実

原判決九枚目表末行から一〇枚目表六行目までの説示のとおりである(ただし、同九枚目裏三行目の「懲戒免職処分」の次に「(以下「本件処分」という。)」を加える。)。

二  被控訴人がえびの市市議会議員選挙に立候補の届出をしたことにより、公選法九〇条の規定に基づき、郵政省の職員の地位を辞したものとみなされるかどうかについて検討する。

国家公務員法一〇一条一項は、国家公務員の本質的義務の一つとして職務専念義務を定め、その具体的発現として兼職禁止の原則をうたい、これを受けて同法一〇二条二項は、「職員は、公選による公職の候補者となることができない。」と定め、また、公選法八九条一項本文は、「国又は地方公共団体の公務員は、在職中、公職の候補者となることができない。」と定めて、公務員(同条一項ただし書及び二項に規定する者を除く。以下同じ。)の公職への立候補の制限を規定しており、立候補の効力を尊重しつつ右のような制限を実現するための方策として、公選法九〇条において、公務員が公職の候補者として届出等をしたときには、その届出の日に公務員たることを辞したものとみなす旨定めているところ、右にいう「在職中」とは、法文上もとくに何らの留保もない以上、当該公務員が停職中や休職中である場合を含み、懲戒免職処分がのちに取り消された場合に遡つて公務員の地位にあつたものとされる期間を除外するものではないと解すべきである。

これを本件についてみると、被控訴人が前記立候補の届出をした昭和五四年九月三〇日当時は、人事院に対して審査請求中であるとはいえ、本件処分を受けて公務員たる地位にはなかつたから、公選法八九条一項、九〇条の要件に該当しないことは明らかであるが、本件判定により被控訴人は同年四月二八日に遡つて公務員の地位を回復し、停職期間中に公職に立候補したことになるというべきである。そして、このような場合にも公選法九〇条の適用があり、被控訴人は前記立候補届出の日に郵政省職員の地位を辞したものとみなされるというほかはない。すなわち、本件判定により、被控訴人は一面において、本件判定の限度で原状を回復され、本件処分による不利益は除去されるが、反面これにより公務員として負担すべき義務ないし不利益も原則的にはいわば復活することを免れない。そして被控訴人が本件処分について不服申立をすることは、本件処分が取り消されることにより原職に復帰し、本件処分による不利益を排除すること、すなわち原状回復による利益を享受しようと意欲するものと解されるが、盾の半面としてこれに伴つて生ずる不利益を拒否することは許されないといわざるをえない。もつとも、本件判定以前、すなわち本件処分の変更以前においては、被控訴人の職務遂行義務のように、右期間中被控訴人がこれを履行することは事実上不可能である上、控訴人が本件処分をし、被控訴人の職務遂行の受領を拒否していたのであるから、たとえ遡つて原状が回復されても事実上及び衡平上被控訴人においてこれを負担していたとすることはできないものがあり、義務ないし不利益の種類及び態様によつてはこれを負担することがなくなることがありうることは否定できない。しかしながら、被控訴人の意思によつて選択しうる事項については、その選択に従つた結果を回避することはできないというべきである。被控訴人は本件処分期間中、公務員としての職務専念義務から解放されるから、生計の資を得るための途を選択することは当然許されるが、その途が市議会議員立候補の一つだけであつたと認めるに足りる資料がない以上、複数の選択肢があつたとみざるをえないところ、被控訴人が自己の意思に基づいて公務員の地位の保持と法律上相い容れない右立候補をあえて選択した以上、これに伴う郵政省職員の地位の喪失という不利益を甘受せざるをえないといわなければならない。実際上も、本件処分が確定していない以上、右選挙において公務員としての地位の利用について確定的に公務員でない場合とはおのずから異なつたものがあろうし、将来兼職禁止の規定の適用を免れうるものとするなら、選挙の結果のいかんにかかわらず自己の地位を保身しうる余地を残すことになり、安易な立候補を招来する結果ともなる。

そうだとすると、被控訴人が前記立候補の届出をしたことにより、公選法九〇条の規定に基づき、被控訴人は郵政省の職員たることを辞したものとみなされ、その地位を失つていることになるから、その余の点について判断するまでもなく、給与の支払を求める被控訴人の請求は理由がない。

三  よつて、原判決中、右請求を一部認容した部分は失当としてこれを取り消してその請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野達 平田浩 河合治夫)

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